SUMIKA LABOは遊びのベース基地からの発展型。発案者・三橋 淳
まずですね、三橋さんはなぜ『SUMIKA LABO』を作ろうと思ったのですか?
三橋:2016年にトレーラーを改造して作った『tbox』がルーツです。動画撮影をするとき、山や野原などのフィールドで天気待ちをするためのトレーラーハウスです。
天気待ち?
三橋:写真なら曇りでもなんとかなるんですけど、動画は晴れてないとダメなんですよ。だから撮影現場に近いところで寝泊まりして待機できるスペースが欲しかったんです。
なるほど。曇りならともかく、雨が降ってたら少なくとも屋根が欲しいし、テントでキャンプも数日間の雨はきついですね。
三橋:自分で走って自分で撮影して自分で編集する。1人だから時間管理が自分1人で完結できる。通常自然相手と動画撮影だと、クルーの日程調整のみならず、天気待ちなどで膨大な時間と経費がかかるが、全て自分1人でコントロールすれば低予算で動画が作れる。そのためにベースキャンプとなるtboxなるトレーラーハウスを製作したのが、ことの始まりだった。
三橋さんは元々はダカールラリーのドライバーだったんですよね?
三橋:そうです。2001年からダカール・ラリーという、砂漠を走るラリーに参戦して、バイクで4回、四輪で11回参戦しました。クラス優勝などもしたんですが、2016年を最後にラリーから離れることになって、さぁどうやって食べていくか? と考えた時に、自分の好きなスポーツを動画にして、それを企業などに買ってもらうことで生計を立てられないかな、というアイデアが、動画製作のスタートでした。
そこで練習車の車両運搬用のカーゴトレーラーを改造したのがtboxだったと。
三橋:そうそう。ラリーカーの運搬用トレーラーコンテナを持ってたから、それを使えばいいかなって。でもさすがに金属の箱の中で何日もすごすのはしんどいじゃないですか。だから窓くらいつけて簡易的に寝られればいいやと思って、「トレーラーに窓つけてくれる人いない?」ってFacebookに書いたんです。そしたら手伝ってくれる人が見つかって、どうせなら窓をつけるだけじゃなくて、その気になれば住めるくらいにすればいいじゃないって。まあ住むのはちょっとちがうけど、たとえば天気待ちで雨が降るなかで1週間すごすなら、たしかに快適なほうがいい。優雅にすごせるゆとりある空間にすれば、モータースポーツイベントとかで僕以外のスタッフや参加者にもくつろいでもらえる。アウトドアの新しい楽しみ方ができるんじゃないかなと思ったわけです。
たしかにいろんな使い方ができそうですね。
三橋:Wi-Fiと動画配信サービスがあれば、どこにいてもずっと映画を観てられますからね。アウトドアなのに、ひきこもりもできちゃうんですよ(笑)。
tboxにはバイクとか自転車、スノーボードなども積んでましたよね。
三橋:もともと自転車やバイクを走らせているところを動画撮影するためのtboxなので、もちろん積んでます。ロケハンにも使いますし、撮影できないときはバイクで周辺をツーリングできるし、自転車でおもしろそうなところを探しに行けるから、いつでも遊べるんですよ。冬ならスノーボードを積んでます。スキーゲレンデなら駐車場も広いのでトレーラーも停めやすいし、tboxはアウトドアスポーツの前線基地みたいな感じですね。
旅、そして自転車とバイクとスノーボード。三橋さんが子供の頃から楽しんできたアクティビティがすべて詰まっている。いってみればおもちゃ箱みたいなトレーラーでもありますね。
三橋:そうなのかな、どうなんだろう(笑)。まあ、ともかく最初はただ天気待ちするためのトレーラーだったはずのtboxですけど、いろんな快適装備をつけたことで全国を旅することそのものが楽しくなったんですよ。もうひとつ、日本の宅配システムは優秀なんですよ。撮影機材とかちょっと特殊なモノが欲しいときでも、ネットで注文して近くにあるコンビニや運送会社の営業所留めにしておけばすぐに届くんです。実際、北海道の稚内でドローンが壊れたことがあったんですけど、注文して3日後には入手できました。インターネットで売っているモノであれば、よほど特別なものでないかぎり買い物にも困らないんです。しかも定住するのとちがって、気分転換したくなったら住処ごと移動して別の場所へ行けますから。
それほど満足していたのに、SUMIKA LABOを作ろうと思ったのは何かやっぱり不満があったからですか?
三橋:実は二年前の冬に交通事故に合いまして。福井の雪道を走ってたんですが、対向車が雪で滑ってはみ出してきて来たんです。とっさに避けたんですけど、ぶつかってしまって。その修理が予想以上に大変だということがわかって。きちんと直すなら1から作った方が早いといわれちゃったんです。
何と交通事故に見舞われたんですか?
三橋:そうなんです。それで、だったらtboxの弱点を克服した、もっといいのを作ってしまおうと。
tboxの弱点とはなんだったんでしょう?
三橋:まずは電力の強化ですね。tboxには合計1000wの発電容量のあるソーラーパネルを搭載してたんですけど、曇りが多い日や、日中アニメばかり見てると流石に夜の電力不足を痛感したんで、まずは電力のレベルアップを考えました。
他には?
三橋:もうひとつは水の入手ですね。北海道のオホーツク海のそばで数日間泊まったことがあるんですけど、そこは本当に何もない場所なんです。いちばん近いコンビニまでクルマで30分かかりますし、銭湯や温泉もない。夏は日照時間が長いのでソーラー発電は十分なんですけど、水の補給ができなかったんです。そのとき、水さえ確保できればもっと自由に行動できると思いました。
北海道だとエキノコックスの心配があるから、そのへんの水を使うわけにもいかないし、本州などでも人里離れた場所だと店も水道もありません。湧き水や川の水といっても、よほどの高山でなければ浄水もせずには使えない。
三橋:SUMIKA LABOに浄水装置を積むのは、そうした経験があったからなんです。もうひとつ、水の補給だけでなく、排水についても不満というか、疑問に感じるところが出てきたんです。たとえば、トイレや排水などは道の駅やコンビニを使うしかありませんけど、それは大人として、社会人としてどうなんだろう。無責任なのではないかと考えるようになったんです。トイレが有料ならまだいいんですけど、僕ができるのはそこで買い物するくらいがせいぜい。ノマドライフというと聞こえはいいけど、その自由はそうした無責任の上に成り立っている、と思ったわけです。それなら汚水や排泄物の処理もきちんと責任を持って自分でやれば、tboxのようなトレーラーリビングを僕ひとりで楽しむだけじゃなくて、もっとたくさんの人たちにも利用価値を認めてもらえる。そう思ったことがきっかけです。
つまり電気や水道といった既存のインフラから独立することで社会的責任も果たせるし、行動の制限がなくなってさらに自由度も上がる。
三橋:そうはいっても完全に独立できるわけではないですし、電気や上下水道などの今あるインフラを否定するつもりもないです。でも、できるところからやっていってシステムにできれば、こんなにラクなことはないんです。“移動できる別荘”として使えば全国どこにでも別荘を持てるし、固定資産税がかからないから税金は安上がりです。もっというと、限界集落の電気や水道などの維持費は日本経済圧迫の一因になってますけど、電気と水といったライフラインへの依存度が低いSUMIKA LABOはその解決法のひとつになれると思うんです。災害時の仮住居やボランティアの活動拠点、行政機関の出張所とかにも応用できると思うんですよ。
ライフラインから独立できるのだから、それらが途絶えた災害時の仮住居やボランティアの活動拠点、行政機関の出張所といった活用もできそうです。
三橋:そうなんです。ほかにもtboxを使ってたとき、「これができれば便利なのに」と思っていたのが、エアコンのスイッチとかをtboxから離れていてもオンオフできたり、セキュリティをちゃんとしたいってことですね。たとえばtboxを切り離して、クルマで町へ買い出しに行くとするじゃないですか。そのときに「あれ? カギちゃんとかけたっけ」とかってときにスマホでドアロックできたら便利だし、あと30分で戻るってときにスマホでエアコンのスイッチを入れられれば、真夏なら涼しくしておけるし、雪が降ってるときでも暖かくしておけるじゃないですか。
そういうことをできる住宅やクルマは今や当たり前になってますしね。
三橋:そういう機能も含めて、これからSUMIKA LABOを作っていくうちに新しいアイディアがポンと出てきて、もっとおもしろいほうへ変化していくかもしれません。
ゴールは決まってるけど、そこへ至るルートには何があるかわからないし、ゴールは新たなスタートかもしれない。そういうところはラリーと似ていたりしますか。
三橋:そうですね(笑)。でも、どこにもないものをゼロから作っているので、やってみないとわかりません。まずはSUMIKA LABOを完成させて、電動アシスト自転車や電動バイクを積んで全国を回りたいですね。